(本記事は、2022年9月19日にnoteで公開した記事を再編集し再掲したものです)
NHK「笑わない数学」という番組を、小学生の次男と楽しみに見ていた。
お笑い芸人・パンサー尾形が難解な数学理論を解説するという番組。
誰がどう見ても数学が得意のようには見えず、自分の説明している内容を自分で理解しているかも怪しい尾形が、ポアンカレ予想とかフェルマーの最終定理などを必死に説明する様子は実にスリリングで、目が離せない。
今回は、現在進行形の難問「abc予想」。
私の理解力では到底適切な説明すら書けないので、概要はWikipediaの紹介でご容赦願いたい。
重要なことは:
・「abc予想」が真であることが証明されれば、多数の未解決問題がドミノ倒し的に解決できる。このためabc予想は「最も重要な未解決問題」と呼ばれる。
・abc予想の証明として、望月新一博士は「宇宙際タイヒミュラー理論」という新理論を提唱している。
宇宙際タイヒミュラー理論は極めて難解で、査読が完了しているにもかかわらず、現在も賛否激論が続いている。
NHKは、宇宙際タイヒミュラー理論を紹介するNHKスペシャルを4月に放映している。
今回の「笑わない数学」は、このNHKスペシャルを再構成したもののようだ。
そして、このNHKスペシャルに対して、望月新一博士本人が非常に手厳しい批判をブログに書いている。
2022年4月のNHKスペシャルに対する「合格発表」: 前半はぎりぎり合格、後半は不合格
最後に、海外での放送用に番組の英語版(=字幕なのか、吹き替え版なのかは不明ですが)も準備中であるとの情報がありますが、本記事で詳しく解説した通り、もし番組の内容(=特に番組後半)を大幅に訂正しないまま、このような計画が実行されてしまいますと、私や私の研究に対する多数の残念な誤解の拡散や名誉棄損に繋がる可能性があるのみならず、「日本を代表するNHK」ということで、日本の国全体の文化的水準に対する「評価の下方修正」(=具体的には、冷笑?失笑?場合によっては爆笑?)を誘発する危険性を孕んでいることを、関係者の方々に是非ご自覚いただきたいように思います。
素人の私の目には、NHKもリスペクトを持って、よい番組を作ろうと努力したように見えるが、こうも完膚なきまでにボコられては面目次第もない。
なんでこんなことを書いてるかと言うと、この宇宙際タイヒミュラー理論をめぐる騒動が、難解な武術理論とそれに対する反応に似てるな…と感じたからである。
望月博士は、賛同者にも批判者にも手厳しい。
「修士課程レベルの数学でも十分解説可能な誤解が原因で宇宙際タイヒミューラー理論に対して否定的立場をとっている研究者」
「理論の普及活動に取り掛かる前に、まず自分自身、理論を適切に、きちんとした形で理解する必要があります。限定的な、中途半端な理解しかないまま活動を開始してしまいますと、自分自身の誤解を広めることにしかなりません」
批判者を叩き潰すのはまだしも、賛同者が叩き潰されては立つ背がない。
でも、仕方がない。
開祖に「理解が至っていないぞ」と言われてしまっているのだから。
言われた通り、理解を進めるしかない。
「わかった」つもりになっても、さらなる高みからすれば「わかってない」。
武術の世界でも、とてもよくあることだ。
厄介なのは、「望月レベル」からすれば「至っていない人たち」でも、一般的な人々からすれば「極めて優秀な数学者」だということ。
普通の人々には、どの数学者がよりレベルが高いか、あるいはNHKスペシャルが正しいか間違ってるかなんてまるでわからないし、さらに言えば、宇宙際タイヒミュラー理論が何の役に立つかもわかりはしない。
数学に何を求めるか、数学をどう使うかは、それぞれの人に委ねられている。
「自分はこのレベルで十分。これ以上のことを言われても、理解できないし、役に立たないし、必要ない」
と言えば、数学は「左様でございますか」とニッコリ笑って、口を閉ざすだろう。
また数学そのものに向き合わず、何か観念的に、ロマンティシズムに基づいて
「別の数学的宇宙! 数の遺伝子! ホッジ劇場! すばらしい! この宇宙際タイヒミュラー理論は私たちに新たなインスピレーションを与えます」
などと言えば、やはり数学は「左様でございますか」とニッコリ笑って、口を閉ざすだろう。
(武術家は、ここまでの文章の「数学」を「武術」に置き換えるとよいだろう^^)
「新たな地平」が開けるとき、それはしばしばこれまでの常識を覆すような形で現れる。
まず私たちに問われるのは、その新たな地平との「距離」を測る力だ。
まずほとんどの場合、正確な距離を測れない。
というか、もし正確な距離を測れたら、それはその「新たな地平」を完璧に理解しているということだ。
そんなことはまずない、と思ったほうがいい。
だから、新たな地平にたどり着くためには、慎重に移動しながら三角測量よろしく距離を測定する行為を続けることになる。
まずいのは「わかった気になる」ことだ。
適当な、従来の常識から来る目分量で「だいたいこんなものだろう」とアタリをつけてしまう。
まあ内心でアタリをつける分には害はないが、その怪しい目分量で目標に向かって走り出したり、甚しきはそれを他者に吹聴してしまったりすると、手痛い失敗をすることになる。
あとは、自分自身と誠実に向き合うかどうかだ。
高い頂が見えたのなら、自分自身に対して誠実に、それをめざそうとするか。
それとも、適当なところを「これが頂だ」と言い張って終わりにするか。
生き方は自由だ。
望月新一博士はブログで
「veritas vos liberabit」
(真実はあなたがたを自由にする)
というラテン語の格言を引用している。
このような姿勢こそ、学ぶべきものであろう。
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