自分の身体は、自分の思い通りにはならない。
まず虚心坦懐に自分の身体を観た時、何が見えてくるか。
それに素直に沿っていく必要がある。
私は中国武術の経験が長いので、私の身体は中国武術の流派に沿って立ち上がってくることが多い。
自分の身体を観た時「何が立ち上がってくるか」を観察するとおもしろい。
太極拳は「0」「1」「2」を司る。【無極、太極(一元)、両儀(陰陽)】
形意拳は「3」「5」「6」を司る。【三才(三体)、五行、六合】
八卦掌は「4」「8」を司る。【四象、八卦】
ここまでは、いわゆる「内家三拳」と親和性が高い。
「7」は、少し特殊だ。
中国文化の中では「七星」と呼ばれ、北斗七星になぞらえられ重要な位置を占めているが、「無極→太極→両儀→…」という展開からはいささか生じにくい。
「なぜか『七』がある」という感じだ。
北斗七星も「なぜか北斗七星がある」という感じで存在している。
「七」を術理として扱っているのは、「身に七星を宿す」と教える心意六合拳だ。
心意六合拳における「七星」とは、シンプルに頭・肩・肘・手・腰・膝・足を指す。
これらも、なぜこれらが生まれたかはわからないが確かに根源性を有する、という点では北斗七星と似ている。
9以上の数字も「九宮」「十方」といった位置付けがあるが、他の数字からの派生であることは否めず、根源性は薄れる。
自分の「意」を星空に反映させる
身体を観るということは、天体観測ととてもよく似ている。
まずは目立つ星や星座を手がかりにして、星座の全体像を探し、また相互の位置関係を明らかにし、そしてより暗い星へと目を凝らす。
星空は、自分の自由には動かせない。
実は人間の身体も同じである。
しかし、こちらの「意」を星空に反映させる方法はある。
観る場所や角度を変えたり、観る時刻を変えたり、より目を凝らして虚空に星を探せばよい。
自分なりの「星座」をつくることだってできる。
夜空には無数の星がある。
私が「観たい」と思うところには、必ず星があるのだ。
