(本記事は、2024年6月12日にnoteで公開した記事を再編集し再掲したものです)
目突き・金的などが許容されている某スパー会に参加している参加者が、それを禁止している他のスパー会にて目突きを繰り返したという件を受けてnoteの元記事を書いたのだが、最近になってまた同じようなことで問題になっているらしいので、武研門ブログでもう一度書き記す。
ごく普通の社会規範の話として、禁止されていることをなぜ敢えてやろうとするのか理解に苦しむ。
相手との合意なく、深刻な後遺症を残しかねない技を不意打ちで出して、いったい何が得られるのだろうか。
例えば銃の練習ならば、的を撃ったり、BB弾で模擬戦をやれば十分だ。
生身の人間を実弾で撃たなければ練習にならない、などという理屈は認められない。
私も、必要に応じて穿掌や弾脚を指導している。
穿掌を使うためには、まず硬いものを指で突くことができる掌の作り方が重要で、それができれば、万一の際に目を突くことなど造作もない。
稽古で本当に目を突く必要はゼロである。
弾脚の指導は、私がファウルカップをつけ、相手に打ってもらう。
金的蹴りもポイントがあり、練習したことがないとポイントを外す恐れがあるので一度はこのような指導をするが、一度やれば型(套路)の意味がわかり、以後間違いなくできるようになるので、二度やる必要はない。
(これはファウルカップをつけていても結構な衝撃なので、二度はやりたくない😅)
眼球や金的は、かすっただけでも効く急所である。
それがわかっていれば、実際に突くためのポイントを練習しておけば十分であって、スパー会のような場で毎回目突き金的をやらせるのは、あまりにもリスクが高すぎる。
「相手が突然禁止技を使ってきたらどうするのか」
との考えもあるようだが、それこそ、自分がそれをわきまえていればいい話である。
実のところ、私はブラジリアン柔術のスパーをやっていても、相手がいきなり打撃などの禁止技を使ってきた際の心構えを作っている。
そのように「自分の稽古」とすればいいだけであって、無防備な相手に禁止技を使うことでいったい何の得があるのか、理解に苦しむ。
再度拙稿を紹介させていただくが、「自らの行為の行く末まで見通すところまでが武術である」。
武術経験者が他人の目を突いて失明させた場合、どのような事態になるか想像できているか。
民事訴訟。ニュース報道。信用失墜。
もちろん主催者も同様の責任を問われる。
現状はまだ「ヒヤリハット」で済んでいる状態だ。
「ここで引き返せ」という天啓である。
これは僥倖だと受け止めなければならない。
「今までこれでやってて事故がないから」
「うちはこのスタイルだから」
天啓を受けてすらそれを無視するなら、さらに悪い事態が起こることになるだろう。
