「俺より強い奴に会いに行く」
私の世代のゲーマーなら、多くの人が知っているだろう。
対戦格闘ゲーム「ストリートファイター2」のキャッチコピーだ。
主人公リュウの象徴として、またゲームそのものの象徴として、今でも広く知られる名台詞だ。
はい、当時はだいぶやり込みました😅
最近はシリーズ最新作「ストリートファイター6」がまた大ヒットしているらしい。
さすがにもうプレイはしていないが、時折タイムラインやYouTubeで流れてくるプレイ映像を懐かしく眺めたりしている。
その中で、エドモンド本田のワールドツアーでの台詞が目に止まった。

「負けずに強くなるモンはおらん」
くぅー、さすが当時のマイキャラ、いいこと言う!
何を「負け」とするかは様々あろうが、おそらく大成した武術家・武道家・格闘家で、自分としての「敗北」を経験したことがない人はいないのではないだろうか。
かのヒクソン・グレイシーも、敗北の経験があることを認めている。
例え1回の敗北であっても、また他人にとって取るに足らない敗北であっても、その1回が自分に重くのしかかってくる敗北であるならば、その後の大きな成長につながり得る。

「相剋」はシミュレーションでは学べない
しばしば議論になる「伝統武術は弱い説」だが、なぜ弱いのか。
簡単だ。
敗北してないからだ。
現代における伝統武術の稽古法の大きな間違いがここにある。
武術の本来の目的は、「他者との関係性をどう処理するか」である。
自分の進行方向の向こうから、完全にぶつかるベクトルで他者が来る。
この時、「相剋」が起こる。

この時、どうするか。
これが武術だ。
伝統武術の稽古で非常にしばしば起こっているのが、この下図の状態だ。

相剋を処理する稽古をしなければならないのだが、お互いに同じ方向を向いていて、関係性がぶつかっていない。
よって相剋が起こっていない。
伝統武術の型稽古の非常に多くが「相剋をシミュレーションしている」にすぎない。
本当に相剋が起こった時に、そこで何が起こるか。
それは、シミュレーションとはわけが違う。
シミュレーションでは、本当の相剋は学べないのだ。
伝統武術家がMMA選手にパンチ一発でやられたりするのは、こういう構造による。
その相剋にしても、もし自分のベクトルのほうが強ければ、そのまま押し切ればいいだけである。
大した稽古にはならない。
相手のベクトルのほうが強い時、どうするか。
これが稽古だ。

「俺より強い奴に会いに行く」は、この点を端的に言い表している名台詞だということだ。
また「俺より強い奴」に会った時も、ちゃんと向き合っているかどうかが重要だ。
これまた伝統武術の稽古でありがちなのが、すばらしい先生の元にわざわざ学びに来ているのに、自分自身をそこに対峙させることなく、単に先生を賛美して終わりになっているケースだ。
これでは、“会っていない”。
せっかくの一期一会だ。
裸一貫、胸を借りる覚悟が必要である。
で、「俺より強い奴」に会いに行って、しかも「負けたことがない」なんて、あり得ないわけである。
だから「強くなるためには敗北が必須」ということになるのだ。
私に会いに来たいという方、大歓迎です。
もし私のほうが弱かったら、ごめんなさい。
あなたをガッカリさせないよう、私も修行に励みます☺️
私と稽古で向き合いたいという方は、ぜひ武研門の「古武術パーソナルトレーニング」をご利用ください!
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