「伝統武術キラー」徐暁冬は何と戦っているのか(2)

(本記事は、2020年12月25日にnoteで公開した記事を再編集し再掲したものです)


BS1「真実への鉄拳〜中国・伝統武術と闘う男」感想記事の続きです。

今回は、「純粋な武術の話」ではもうなくなってしまっている、「伝統武術キラー」徐暁冬をめぐる社会的情勢をひもといてみる。

田野さん登場

徐暁冬に敗れた武術家の中でも、番組中で一際扱いが大きいのが「田野さん」だ。

ウォッチャー根性をくすぐられる逸材キャラ。
もうこの人は常時「さんづけ」で呼ぶしかない。
発音は「で↓ん↑や↑さ↑ん↑」で決まりだ。

「トランプ、くそ野郎! 南シナ海に口を出すな! お前を道連れにしてやるぞ!」

もうこのセリフだけでキャラがほぼわかっちゃう。

…ああ、うん、はい。(生返事)

そして、田野さんが奇声とともに木に打ち込むのが、必殺の…

えっ。
り、里合脚…ですか?

…いや、いいんですよ。基本技こそが大事ですからね。
必殺の里合脚。いいと思いますよ。
そいつで徐暁冬をぶっ倒せ!

…と思ったら、徐暁冬との試合で田野さんは、里合脚を出すこともできず惨敗。
会場のファンからの「里合脚を出せ!」という声援が痛々しい。

しかし、徐暁冬戦の敗戦は、実は田野さんには大したダメージになってない。

田野さんはネットのインフルエンサー。
800以上のSNSグループに参加していて、田野さんの名前が入ったグループも60以上あるのだそうだ。

オフ会も大盛況の田野さん。

番組終盤、田野さんの追っかけの一人が、やけに冷静に分析しているのに驚いた。

「徐暁冬との対戦を少し見ただけで、彼はダメだとわかりました。軟弱なパンチで、とても無理だと」

「でも田野の人間性を、私は気に入っています。彼は厚かましい欲望の塊です。田野はなんでも痛烈に罵倒するのが得意で、その言葉は漫談のようにおもしろいんです」

「『愛国』は、人々にとってはカネのかからない自己PRです。臆病な人は、嫌がらせや社会的な抹殺を恐れて、徐暁冬のようにストレートな発言ができない。名を売りたい、発言力を持ちたいから、愛国的な言葉を発するんだと思います」

「田野のファンの中には、彼が愛国と言うから単純に支持する人々もいます。無知な人々は、恐れも知らないということです。世界を深く知らないから、中国が一番強くて、何も恐れる必要がないと思っている。
そういう人たちは、無知すぎるんですよ」

…あなた、そこまでわかってて田野さんを追っかけてるんですか…。

トランプ氏がどれだけデタラメを言っても支持者がいるのと、おそらく根は同じであろう。

徐暁冬を、社会的に排除するのか?

田野さんの他にも、「愛国者」の看板を背負った伝統武術家が番組に登場する。

私としては、違和感があった。

中国共産党は、中国の伝統武術家にとって本来「仇敵」のはずだ。
文化大革命で「古いものはすべて悪」と断じた中国共産党は、伝統武術も排斥の対象とした。
それにより、大勢の伝統武術家が台湾に逃げてきている。
国共内戦では、国民党軍として共産党と戦った伝統武術家もたくさんいる。

その後、中国共産党は文化大革命を「失敗」と位置づけ、伝統武術も擁護する方針へと切り替えた。
それから年月が流れゆくにつれ、どうも中国伝統武術界も変質してしまったのか…と、番組を見て感じざるを得なかった。

中国最大の検索エンジン「百度」で、「徐暁冬」という検索ワードが排除された。
あれほど話題だったはずなのに、何ひとつヒットしなくなってしまった。
また徐暁冬のSNSアカウントも削除されてしまった。

そして中国武術協会は、総合格闘技やボクシングなどの選手との試合を禁止した。

これは一番アカンだろう。
王向斎や蔡龍雲が、天から雷を落とすぞ。

(注:王向斎や蔡龍雲は、西洋人ボクサーなどと戦ってこれを打ち負かし、中国武術の力を知らしめた)

このようなやり方で、いったい何を守ろうというのか。
こんなやり方は「武術」ではない。

徐暁冬は、何と戦い続けるのか?

番組の最後で、徐暁冬はファンの人々にこう訴える。

「みんなに言いたいことが2つある。
一つは、独立して考える能力を持ってほしい。
もう一つは、不正に遭遇したときにどうするか。
正面から抵抗する人も、告発する人もいるだろう。
でも、どうにもならない場合は、せめて沈黙していてほしい。
悪党が悪事を働くのを助けないことだ。少なくとも加担しないで耐えてくれ。
あとの闘いは、俺が引き受ける」

…徐暁冬の語る「闘い」とは、なんなのだろうか。
徐暁冬は結局、誰と戦っているのだろうか。

少なくとも彼は、純粋に自分の功夫を磨く…という生き方をめざしているのではなさそうだ。

まあしかし、それも中国的武術家のあり方なのかもしれない。
関羽雲長や梁山泊百八傑のように、世が荒れるとき、義侠心をもって世直しのために立ち上がるというのも、中国の武術家の伝統的価値観なのかもしれない。

徐暁冬は伝統武術家ではないにもかかわらず、何かすごく「中国伝統武術家的」だ。

徐暁冬が正しいかどうかはわからない。
しかし、間違っていると断ずることもできない。
引き続き、興味深くウォッチすることとしたい。

BS1がこのような、日本ではマイナーな話題にもかかわらず、中国の世相の一端を見事に切り取った番組を制作したことに称賛と謝意を送りたい。

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